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 あざらし日記 〜2006年〜 

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 サイト開設1周年・・・ありがとうございますm(__)m 

2006年8月8日(火)(曇り時々雨)

 今日は当サイトが誕生した日だ。この1年間、たくさんの素晴らしい出会いがあり、たくさんの楽しい思い出を作ることができた。本当にあっという間の1年だった。

 サイトを開設しようと思ったのは多分、去年の7月だったと思う。『思い立ったら直ぐ行動!』の私のことだから時間をかけて綿密に計画を立てて・・・なんてことはしなかったはずだ。ただ、サイトを開設したいと思ったときから構想は頭の中で練っていた。

 準備期間中、どのようなサイトにしていこうか考え、色々なサイトを訪れては参考にさせていただいた。『メニューはこれとこれを入れよう』とか『こんな風に作れたらいいなぁ』とか。

 私は単に大相撲が大好きというだけで知識は余りない一般のファンにすぎない。だから訪れてくださるみなさんに情報発信できるサイト作りは難しいだろうと思った。ならばどうしようか?・・・そこで考えた。私が見たまま感じたままを綴ることを中心としたサイト作りをしよう、と。

 ところがどうしたものか。私は小学生の頃から国語が大嫌いで、特に作文の時間は非常に苦痛だった。まず時間内に書けず必ず宿題になるのだorzそんな私がみなさんに読んでいただける文章など書けるだろうか・・・非常に不安を抱えながらも『私はこれでいくしかない!』と腹を据えて、サイト開設に伴い過去に観戦した記憶を呼び戻した。・・・一応、文章は書けた。今でもそうだが『勝手に審議委員会(大相撲観戦記)』及び『あざらし日記』は必ずとしおに校正してもらっている。そうでないと不安でUPできないのだ(爆)

 またここは、『訪れてくださるみなさまがホッとできるような憩いの場所』・・・そんなサイトにしたいと常日頃、願っている。しかしこれが一番、難しい。『こうありたい』と思ってうまくいかない一番の課題かもしれない。力不足で、訪れてくださる方々のご期待に添えず悩んだ日々もあった。

 しかしあまり硬く考えず自分が今できることを精一杯やって、自分のカラーを出していけばいいのかもしれない・・・そう、少し気を楽にしてみることにした。

 数多くあるサイトやブログの中から私のサイトへ訪れてくださったみなさまに、また今、この瞬間に当サイトが存在することに心から感謝いたします。出会いは本当に縁だと思います。この縁をいつまでも大切にしていきたいと思っています。

 そしてこのサイト開設に際して惜しみなく力を貸してくれ、いつ何時も私の支えになってくれる
としおに心から感謝します。

 みなさま、今後ともどうぞ宜しくお願いいたしますm(__)m

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 藤まつりと八丁味噌工場見学(まるや八丁味噌編) 

2006年5月6日(土)(曇り)
場所:岡崎公園&株式会社まるや八丁味噌

いただきま〜す(^^;
花より団子!?
 
岡崎公園では毎年4月前半は桜まつりが、4月後半からGW頃までは藤まつりが行なわれる。GWも終わりにさしかかろうとしていたが、今年はどこにも出かけていなかったことに気がつき(遅い!?)、気分転換に藤まつりに出かけることにした。
 岡崎公園の藤は『五万石ふじ』といって岡崎市指定文化財に認定されており、毎年、見事な花をつける。前回、来たのは何年前だっただろう?時期も同じくGWの終盤に来たが、花は痩せ細っており『やはりGWの終盤は満開を過ぎた頃かな?』と思ったものだ。ところが今年は今が満開といわんばかりに咲き誇っていた。土曜日だったが混雑もしておらずベンチに座ってゆっくりと観賞することができた。

あと一丁
八丁味噌蔵から岡崎城までの距離
 岡崎公園内を歩いて藤棚まで来る間に『八丁蔵通り→』の案内板を何度か目にした。そういえば会社でパートさんが「八丁味噌工場見学に行ってきたよ」と話をしてくれたことを思い出した。ここ岡崎市はNHKの朝ドラ『純情きらり』の舞台であり、八丁味噌も何度かドラマに登場している。工場は岡崎城から歩いて行ける距離なので行ってみることにした。

 少し歩くと橋に差し掛かった。橋の上から土手を見下ろすと『あれ?この風景!?』ここが撮影現場なんだ〜〆(.. )さらに道路には『八丁みそ蔵まで○丁(○m)/岡崎城まで○丁(○m)』と書かれてある。一丁=約110mとのこと。フムフム(・_・D

デカイです!!
熟成中の八丁味噌樽
 ようやく株式会社まるや八丁味噌まで到着。しかし『工場見学16:00まで』の張り紙が!!時計を見ると15分ほど過ぎていた。「えー、今日はもう終わり!?( ̄□||| |!!」と途方にくれていたら(というほどでもなかったが(^^;)、社員の方が「まだ大丈夫ですよ。中へどうぞ」と案内してくれた。あぁ、良かった。来た甲斐があった。

 中へ入るとすぐに味噌の匂いがした。先ずは八丁味噌の名前の由来を説明してくれた。『味噌蔵から岡崎城まで八丁離れているから八丁味噌と名づけられました』へぇへぇへぇ〜。そして八丁味噌の作り方は、直径、高さとも2mある大きな樽に厳選した矢作大豆を仕込み、総重量5トンもの石を積み上げ3年間熟成させるとのこと。この石の積み方はまさに職人技である。

 八丁味噌の試食もさせてもらえた。『!?!』思ったより甘かった。他の味噌と比べて塩分が控えめになっているとのこと。八丁味噌の味噌汁を飲んでみたいと思った。『八丁味噌=お土産=高級品』いう固定概念があるので今まで八丁味噌を口にしたことは無かったと思う(^^;

うふ♪
『きらり通り』なるものも(^^;
 一通り説明が終わり、お土産を見たり、壁にずらりと並んでいる写真を眺めた。写真は『純情きらり』の撮影風景や工場を訪れたドラマ出演者の面々だった。「そうそう、このシーン、あったね^^」そんなことを話しながら工場を後にした。

 この後、焼肉屋さんへGO♪ちょっと早いけれど誕生日のお祝いをしてもらった(*^^*)誕生月になるとDMが送られてくるので『誕生日のお祝い=焼肉』がすっかり定着している。次に『まいう〜』な焼肉を食べられるのは としお の誕生日か〜。待ちきれない〜f^^;

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 三河弁?標準語? 

2006年4月8日(土)(曇り)

 1年ほど前だっただろうか。『今度、NHKの朝ドラで岡崎が舞台になるって!』と聞き耳を疑った。『え?マジ?』実は朝ドラを見ていて『いつか岡崎も舞台にならないかな〜・・・でも無理だろうな・・・』と思っていたからだ。実現するとは凄い!

 昨年11月に岡崎ロケがあると聞き、『あの三浦友和が岡崎に来るの〜♪』とドキドキした(^^;営業中、ちょうど撮影現場付近のルートをまわる機会があったので張り切って出かけていったが、岡崎ロケ最終日ということもあり時間差でロケは終了したらしく閑散としていた(T_T)

 4月3日(月)より岡崎が舞台となる
『純情きらり』が始まった。ドラマが始まってまだ1週間だが、見たことのある風景にとても温かみを感じた。

 その地域の特色を表すものに言葉や伝統文化などがあるが、気になったのはやはり方言、つまり『三河弁』である。『どんな風に使われるのだろう?』ドキドキしながら耳を澄ませて聞いた。

 初日を見終わって『あれ?今日は三河弁なんて出てこなかったんじゃない?』これが正直な感想だった。
 2日目、3日目・・・『あれ?もしかして今のがそうかなぁ?』・・・
 1週間たってようやく気づいた。私にとって『三河弁=標準語』となっていることに・・・

 ところが実は『これ、どういう意味?』という言葉も中にはあった。

      けなるい

 標準語だと『うらやましい』という意味だそうだ。実は殆ど使ったことが無い。だから意味がわからなかった。

 気になったので三河弁について調べてみた。岡崎で生まれ三河地方を出たことが無い私にとって、三河弁は『じゃん・だら・りん』ぐらいに思っていたが大間違いだった。三河弁・・・あるわ、あるわ!『えー?うっそー、これも?』

 ただ、『これは三河に限った言葉じゃないと思う』というものもいくつかあるし、死語になりつつある三河弁もある。例えば『ぐろ』(標準語で『隅』)という言葉は私の祖父母以上の年代が使う言葉だ。子どものころ、恐らく祖父母が使っていたのを聞いて覚えたのだろう。何気なく『ぐろ』と言ったら母親に『よー知っとんなー、そんなもんお母さんでも使わん』と言われた覚えがある。

 『純情きらり』がきっかけで『三河弁を三河弁だと認識する』良い機会に恵まれた(^^;普段、使い慣れている言葉にとても温かみを感じているし、生まれた地に戻ってこられた喜びを改めて噛みしめている。

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 さよならポン太 

2006年1月19日(木)(晴れ)

 今日はポン太(あざらし日記 〜2005年〜『ケッタ通勤』)が引き取られていった。ポン太・・・愛車にはこう名前がついていた。結婚前、当時彼氏だった としお が何気なくつけてくれた愛称だ。

 車検証や自賠責保険等の書類は既に発送済みだったので、引き渡すものといえば取説、点検記録簿、キーのみだった。
 「これからそちらに向かいます。15分ほどで到着します。」そう業者から電話があり『いよいよか・・・』と思った。

 程なくしてトラックが到着。自力走行できないポン太を載せて走るためだ。業者に取説、点検記録簿、キーを渡した。
 「こちらのお車ですね」「はい、そうです」あぁ、いよいよか・・・書類を発送した時点で事実上、私の所有物ではなくなっていたがまだピンときていなかった。しかしいよいよここからいなくなってしまうかと思うと急に寂しくなってきた。

 トラックが見えなくなるまで玄関から見送ろうと思ったが、業者さんがあまりにも丁寧に「ありがとうございました」とお辞儀を繰り返してくれるので、申し訳ないと思い、急いで2階に上がりカーテン越しにちらりと見た。『まだいる』・・・次の瞬間、ポン太を載せたトラックが動き出した。『あぁ、いよいよ行ってしまうんだ・・・』遂に行ってしまった。トラックが見えなくなるまで見送った。

 今まで私をいろいろなところへ運んでくれてありがとう。ポン太の御蔭でいろいろなところへ行けたし、買い物もできたし、通勤もできた。使命を全うさせてあげられなくてごめんね。

 『最愛の人を突然亡くすとこういう気持ちになるのだろうか?』という気持ちに襲われた。暫く何もする気が起きなかった。何も考えられなかった。

 『この気持ちを忘れずに書き留めておきたい』そう思い日記に書くことにした。書いているうちに涙があふれて止まらなかった。

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企画制作:ぴぃちゃん&としお(pierre238ff@yahoo.co.jp)
開設日:2005/08/08 最終更新日: