|
||||||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||
|
|
| ◆ 動けん! ◆ |
|
1997年9月24日(水曜日) 午前4時00分。 市民病院の救急外来に到着した。 父が病院の中に入って受付の人に色々と説明してくれたらしい。暫くしたら車椅子を押して、看護婦さんとおぼしき病院の人と一緒に車の中で待っていた私のところに戻ってきた。 車椅子に乗り移ることが出来るのか、と思ったが意外にすんなりと乗り移ることが出来た。 ん? ちょっと調子が良くなったか? 当直のお医者さんに簡単に診察してもらい、レントゲンを撮った。その後に処方された痛み止めの薬と胃薬を飲み、車椅子からベッドに移った。 看護婦さんに「一番楽な姿勢になりなさい」と言われたので四つん這いになった。そしたら「まるでお産するみたいね」というお言葉を頂いた。 だって、これが一番楽なんだもん。それにベッドの上で四つん這いになったって、この診察室の中なら誰も見ていないもん。 看護婦さんはおもむろに私が乗っているベッドのはじを掴んだだと思うと「ここは診察室だから移動しましょうね」と言いながらベッドを廊下に出した! そしてお産スタイルのまま病院中をぐるぐるぐるぐると・・・。 私がベッドだとずーっと思っていたのは、実はストレッチャーだったのだ! 深夜だったのでほとんど人がいなかったのが唯一の救いだった。 あー、恥ずかしかった。 父も私の姿を見て大笑いしていた。ちょっと腹が立ったが、つられて私も何故か笑ってしまった。 それにしても家にいたときよりも大分調子が良い。 病院にいるという安心感か、さっきの痛み止めが効いたからか。 専門のお医者さんの診察の時間まで、ここでじっと待つこととなった。 午前8時00分。 彼女のポケベルにメッセージを打った。 「今日のデートは中止」 午前10時00分。 本来は予約の患者さんの診察が先なのだが、優先的に最初に診察してもらえることになった。 診察の結果、椎間板ヘルニアと診断された。10日間の安静を命じられ、痛み止めの飲み薬と坐薬と湿布を処方された。 診察が終わったあと、10日後の診察を予約した。 病院から会社に電話し、今までの経緯を説明して10日間休まなければならないと、またその間に元気になったら1日でも早く復帰するつもりだと伝えた。 そして父と一緒に家に帰った。 1997年9月25日(木曜日) 昼になると残念ながら我が家に人はいなくなってしまう。 話し相手でもいればまだ気が紛れるだろう。 もしも困ったことがあってもそばに人がいると思うだけでも心が落ち着くだろう。 しかし非常に残念なことに今、家には誰もいない。 あーあ、退屈だー、退屈だー、たーいーくーつーだー。 トイレでも行こーっと。 四つん這いのまま、ほふく前進で部屋から出た。そしてトイレの前まで来たとき、まさかの来客! カーディーラーの営業の人だ。そう言えば私は2週間ほど前に新車を買ったんだった。今日はその書類を取りに来たらしい。 私はトランクス+Tシャツの姿のまま、四つん這いの状態で丁重に車屋さんを迎えた。車屋さんはかなり驚いていた。そりゃそうだろう。彼の長い営業経験の中でも、訪問先でこんな風に出迎えられたことはなかろう。 はっはっはっはー。 はーーー・・・。 そう言えば昨日から風呂にも入っていないし歯も磨いていない。 すっげー臭かろう。 でも、立ち上がれないからどうしようもない。 むー。 親が帰ってきてから布団の位置とテレビの位置を少し変えてもらった。 あと、蛍光灯も寝たままで点けたり消したり出来るように紐をつけてもらった。 1997年9月26日(金曜日) 一日中全く何もせずに好きなときに眠って好きなときに起きているから、もう生活のリズムがぐちゃぐちゃだ。 それにしてもまさか椎間板ヘルニアとはなー。 左足が猛烈に痛かったら、原因は左足にあるもんだと思っていたんだけどなー。 まさか腰にあるとはなー。 少しずつ痛みのパターンが分かってきた。 基本的に姿勢を変えると痛い。 立ち上がったときは特に痛い。 姿勢を変えなくても少し痛い。 同じ姿勢を維持していても、2時間ぐらい経つと足がつってしまうような感じになってきて、猛烈に痛くなってくる。 ったく、どうすりゃいいんだー! お医者さんには「兎に角安静」と言われているので、基本的にはじっと四つん這いになっている。 あー、こんなにもじっとしていたら、元気になるころには絶対に太ってしまいそうだなー。全然カロリー消費していないもん。 不思議な話だが、腰が痛くなってからおしっこに行きたいと思わなくなった。 おしっこに行くのは「そう言えば6時間ぐらいトイレに行っていないなー、そろそろ行こーっと」という感じで行くようになった。 そう言えばもう3日もお風呂に入っていない。 もういい加減ヤバイだろう、と思い、意を決してお風呂に入った。 案の定大変だった。でもすっきりした。 ふぅ。 1997年9月27日(土曜日) あーもー、たーいーくーつーだー。 ちょっと痛みが和らいだのでこの隙にお風呂に入った。お蔭で今日もすっきりさっぱり。 ふぅ、気持ちが良い。 本当に腰と言うのは体の「かなめ」なんだと痛感した。(文字通りに痛感した。) 腰の痛みによって、ここまで体が動かなくなるとは・・・。 立てない、座れない、歩けない、寝られない。 普段は四つん這いが一番楽なので、殆どの時間を四つん這いで過ごしている。 毛布を二枚重ねて八つ折りしたものを置き、その上にお腹を乗せるような格好で四つん這いになっている。 この姿勢でご飯も食べる、歯も磨く、本も読む、テレビも見る、手紙も書く。 先日のデートを中止にしてしまってから、彼女が私のことを心配してくれる。本当にありがたいことだ。心配してくれる人の存在と言うのは、本当にありがたい。 良く電話をしてくれるのだが、正直なところ、電話代が気になる。手紙ならどんなに書いても80円か、せいぜい90円で済むから手紙のほうが得だ。親に投函を頼むのはなんだか照れ臭い。だからこの手紙はいつ投函できるのか分からない。それでも彼女に手紙を書く。 いくら四つん這いが楽でも、ずっと同じ姿勢のままでいることは、それはそれで苦痛だ。時々毛布をどけて横になったり、今度は逆向きで横になったりする。でも、やっぱり四つん這いが一番楽だから四つん這いに戻る。 痛いときは上体を起こすことすら出来ないが、調子が良いときはなんとか歩ける。歩けないが移動したいときは、ほふく前進だ。ほふく前進にもコツがある。腹筋や背筋に少しでも力を入れてしまうと凄く痛い。体には極力力を入れてはならない。腕の力のみで進むのだ。 最初、慣れないうちはどうしても腹筋や背筋に力が入ってしまったが、今ではまるで腕だけが別の生き物のように私の体を引っ張っていってくれる。 ずーっとこんなことをしていたら、足よりも腕が太くなるな、きっと。 1997年9月28日(日曜日) 最近、煙草の本数が増えた。 腰痛で倒れた最初の頃は1日1〜2本ぐらいしか吸えなかったのだが、今日は5〜6本ぐらい吸っている。 学生時代にガソリンスタンドでアルバイトをしていたとき、そこの所長に言われたことを思い出した。 所長曰く「煙草は健康のバロメータ」だそうだ。 体調が悪いときは煙草はこの上なくまずくなる。だから煙草がおいしく吸えるということは健康の証しなのだ。 なるほど。 今日はトイレに行くのもそれ程苦にならなかった。寝返りも比較的楽にうてた。とはいってもまだ少し痛い。しかし以前に比べたら大分マシだ。この調子なら、もう暫くじっとしていれば完治するかも知れない。 うー、早く治れー!! 1997年9月29日(月曜日) 会社の課長から電話があった。どうやら心配してくれているらしい。嬉しいことだ。 「深夜、突然腰痛になったんだって? そのとき一人で寝ていたの?」 「へ? も、勿論ですよー! 次の日も仕事があるのに、彼女と寝たりなんかしませんよーー!!」 う〜ん、腰痛という病気は恐ろしい・・・。あらぬ疑いをかけられてしまう。 1997年9月30日(火曜日) 今日は幾らか腰が痛い。最近気になるのが腰の痛みよりも左足のしびれ。 背骨から飛び出た軟骨が神経を圧迫しているから、足などがしびれるという理屈は理解しているのだが、腰の痛みよりも足の痛みのほうが辛いのは何故だろう。 長時間正座をしていると足がしびれてしまうという経験は誰にでもあると思う。このしびれているときに誰か他の人に足を叩かれたりすると、何とも言えぬ嫌な感覚が足を伝わって「頼むから触らないでくれ!!」と叫びつつ喧嘩になることは良くあることだと思う。 私の場合、この左足のしびれというのは、これと大体似たような感覚なのだが、ただ、誰か他の人に叩かれなくても激痛が走るのだ。例えるなら電気的な痛みとでも言えば良いのだろうか。ビリッ!っていう感じだ。 あー、こんな調子じゃ回復までもう暫くかかるかなぁ。 1997年10月1日(水曜日) きょーうーもー、たーいーくーつーだー。 あっ、そうだ。新車に取り付けるカーオーディオのパンフレットでも眺めていよーっと。 早くこの腰の痛み、治らないかなー。 新車が届いたらドライブに行きたいなー。 1997年10月2日(木曜日) あーおーえーおー、たいくつたいくつたーいーくーつーだー。 明日は待ちに待った診察の日だ。 社会復帰の日は近い! かな? 1997年10月3日(金曜日) 午前。 今日は待ちに待った診察の日だ! 朝、父に市民病院に送ってもらい、父はそのまま出勤した。私はロビーで診察時間まで待った。診察が終わる時間には、会社を抜け出してきた父が迎えに来るだろう。 診察が始まるまで2時間もある。しかし、それほど退屈はしなかった。読みかけの本を持ってきていたし、病院の中を散策するのは楽しかった。 今日は大分調子が良い。手すりにつかまっていれば歩くことが出来る。びっこを引いたような感じになってしまうが、それでも長い病院の廊下を自分の足で歩くということは、なんだか嬉しかった。 廊下の掲示板に、間も無くこの市民病院が移転する、というお知らせがあった。 ふ〜ん、そうなんだ。そう言えばこの病院、大分古そうだもんな。 病院中のポスターや掲示板をじっくりと読んで、時間を潰した。 診察が始まった。 10日前に安静にしていなさい、と言われたので、私はそれを守り、極力動かないようにじっと過ごした。これほど孤独と退屈が苦痛な10日間は今までになかった。でも、この足の痛みと腰の痛みが治るのならば、以前のように元気に遊んだり働いたりできるようになるのならばと思い、苦痛な10日間をじっと過ごした。 しかしその診断結果は驚くべきものだった。 10日間の安静の結果、症状が良くなっていない。 県立病院の脊椎の権威とも言える先生がいる、その先生に連絡しておくから、今すぐ行って診てもらいなさい。 少し私は動揺した。 今日は調子が良いのに・・・。 ちゃんと歩けるのに・・・。 きっと、もう少しじっとしていたら、もっと調子が良くなるだろうと思っていたのに・・・。 父の会社に、迎えに来るなら市民病院ではなく県立病院に迎えにきて欲しいと父に伝えてください、と電話した。 紹介状とカルテとレントゲン写真を胸に抱え、タクシーを拾い、県立病院に向かった。 |
| 企画制作:としお&ぴぃちゃん このページの最終更新日: |