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入院日記
◆ 痛い! ◆
1997年9月20日(土曜日)

 彼女と愛知青少年公園へ行く。
 何か目的があって行った訳ではなかった。ただ、今まで行ったことがなかったからどんなところなのかなぁ、よし、じゃあ行ってみよう!というノリで行った。
 途中寄ったコンビニで楽しそうな物を見つけてしまった。テニスのようなバトミントンのようなおもちゃである。ラケットには布が張ってあり、ミッキーマウスの絵が入っている。形は卓球のラケットを縦横2倍にしたような感じだ。ボールはスポンジみたいな材質。
 体を動かすことは嫌いじゃない。よし、これを買って持って行こう。
 そして私と彼女は愛知青少年公園で走り回り、駆けずり回り、思いっきり汗をかいた!
 あー、気持ち良かった!!

1997年9月21日(日曜日)

 彼女と京都に行く。
 岡崎から約170km。そんなに遠くはない。自動車で約2時間半の道のりだ。

1997年9月22日(月曜日)

 京都から岡崎に帰る。
 京都市内の移動は全て自動車で、私が運転した。運転した距離は大したことないが、結構な時間を運転していたと思う。
 帰り道の高速で、私は腰が痛いを連発した。
 やはり長い時間、同じ姿勢でい続けることは腰には良くないようだ。

1997年9月23日(火曜日)

 仕事中の出来事。
 ふと煙草が吸いたくなり席を立つ。
 私の仕事場は指定の喫煙所以外での喫煙が禁止されている。煙草を吸うときは各階の最も奥まったところに設けられた空気清浄機のところまで行き、空気清浄機をにらみながら煙草を吸わなければならないのである。
 自分の席から喫煙所まで約30m。てくてく通路を歩いたら、ふと左足が少しおかしいのに気がついた。左足を前に出したとき、お尻から膝の裏を経由してふくらはぎの辺りまで、突っ張ったような感じがする。
 こりゃ、筋肉痛だな。ははーん。こりゃ、土曜日のバトミントンだな。三日後に出るだなんて、俺も歳だな・・・。

 暫くすると、その突っ張った感じが強くなっていった。座っているとき、立っているときはなんともないのだが、やはり歩いていて左足を前に出したとき、左足が突っ張る。左足のお尻からかかとにかけて、なにか一本の針金が入っていて、それがピキーンと引っ張られるような感じがする。
 こりゃ、筋肉痛だな。それにしても今回は酷いな。ちょっと張り切り過ぎたかな。あの程度で・・・、俺も歳だな・・・。

1997年9月24日(水曜日)

 午前3時00分。

 深夜、目が覚めた。目が覚めた。目が覚めた。
 痛い、痛い、左足が痛い。
 左足が、左足が、左足が。
 あ、あ、あああ。
 私の左足、一体どうしたんだ。
 痺れる、だるい、力が入らない、そして激しく痛い。
 痛みが全身を貫く。
 左足、背骨、口の奥、両眼球の裏を通り、脳天まで激痛が貫く。
 何度も顔が歪む。まぶたに力を入れてぎゅっと閉じ、目を見開き天井を仰ぐ。そして再び顔が歪む。
 こ、これは、これは一体何なんだ。
 もはや朝まで我慢してそれから病院に行こう、だなんて悠長なことは言っていられない。
 助け、助けを、誰か、助けて。

 私はこのとき公団のアパートに住んでいた。101号室と102号室を借りていて、101号室は両親が、102号室は私と妹が使い、ベランダを伝って2つの部屋を行き来できるという構造。今は残念ながら妹は東京に出ていておらず、私一人が使っている。
 隣にいる親を呼びに行くならば、ベランダに出る戸を開け、サンダルを履き、3〜4歩歩いて隣の戸を開け、サンダルを脱いで、そこに寝ているであろう親を起こさなくてはならない。
 果たして今の私にそれが出来るであろうか。
 少し首をひねると激痛が走り、全身がガクガクと揺れる。
 痛いのを堪えるために1分ほどじっとする。
 右手を伸ばすと前人に激痛が走る。再び1分ほどじっとする。
 果たして今の私は隣まで行けるのだろうか!

 午前3時15分。

 ベランダの戸に手がかかるところまでやってきた。
 今私は四つん這いの状態でいる。そこから右手を上げると自然に上体の体重は左手一本にかかると同時に背筋や腹筋や広背筋といった上半身の筋肉が激しく緊張する。このことが更なる痛みを呼ぶ。体に力を入れずに右手を上げることは不可能だ。そんなことをすれば前にのめり倒れる。
 ううう、右手を上げたいのだが、痛いのが怖くて上がらない。
 よし、一瞬で作業を終了させるのだ。瞬時に右手を上げて、指を戸にかけ、開けて、速やかに右手を元の位置に戻すのだ。
 1回目、失敗。開かなかった。鍵は掛かっていない。重たくて開かないのだ。あんなに軽かった戸が、今は重たくて開かないのだ。
 激しく体中の筋肉を使ってしまった。もう痛くて動けない。じっと休む。
 2回目、成功。指をかけて渾身の力を込めて戸を開けた!
 うぎゃぁぁぁぁ。
 痛い。左足が痛い。痛い。痛い。痛い。
 再び休憩。

 午前3時30分。

 サンダルは履かなかった。だって立つことが出来ないのだから。
 四つん這いのまま、全身砂だらけになって、ほふく前進で隣の戸まできた。
 ここでまたもや戸を開けねばならぬ。
 再び力を込めて戸を開けた。
 うぁぁぁ・・・。
 まるで雷にでも打たれたようだ。
 痛い、痛い、痛い。
 息を止め、全身をこわばり、激痛に耐える。
 ここで親が気付いてくれれば良かったのだが、残念ながら熟睡したままだ。
 ベランダから部屋に上がるにはちょっと段差がある。10cmぐらいだろうか。ここを上らなくてはならない。それはちょっと困難だ。
 良く見たら柄の長いほうきが立てかけてあるのに気付いた。あれなら手が届く。
 よし、これで最後だ。
 右手でほうきを掴み、柄の先で父の頭をつんつんとつついた。

 このときの父の驚きようったらなかった。
 そりゃそうだよな。誰だって驚くよな。深夜にベランダで四つん這いになっている息子にほうきでつつかれたら。

 父にズボンをはかせてもらったのは何年振りだろう。
 父におんぶされたのは何年振りだろう。
 そんなことを考えながら父の運転する車に揺られた。
 正直言ってこの揺れはかなりきつかった。
 私は車の後部座席のシートの上に四つん這いのまま乗り込んだ。横になるより四つん這いのほうが多少マシなのだ。
 シートのあらゆるところを掴んで揺れに耐えたのだが、車がちょっとした舗装と舗装の間の僅かな段差を通過する度に激痛が走った。
 しかし、我慢できた。
 もう直ぐ病院に着くのだから。
 もう直ぐで、もう直ぐで、もう直ぐで、着くのだ。